Strengthvol.05
我が国が酸化物系次世代超電導線材のプロジェクトを本格化させたのは1999年のことだ。(財)国際超電導産業技術研究センター(ISTEC)傘下の超電導工学研究所(SRL)が主体となり、プロジェクトを推進した。2009年9月、当社やISTECを含む5企業、1大学、1団体が構成する産業用超電導線材・機器技術研究組合(iSTERA)を発足し、超電導の開発がさらに加速した。SWCC(株)の長谷川社長は1988年より酸化物超電導体の材料開発に携わり、超電導線材やケーブル技術、超電導電力機器への適応技術開発を推進した。当時、国際会議や学会などで招待講演や座長を務める立場にあり、成果を積み上げる事によってプロジェクトを統括する官庁を含め、参画する産官学各分野との強固な信頼関係を築くことができた。
プロジェクトでは、イットリウム系超電導線材を用いた超電導電力機器の実用化を目指し、当社は線材の研究開発を進めた。線材は非常に複雑な構造と結晶成長反応になっているためSRLとの共同研究で進められた。また、iSTERAの会員として当社の相模原工場に線材製造プロセスや特性評価研究にあたる分室を設け、国のプロジェクトによる支援によりさまざまな装置が導入された。これにより、当社は超電導線材開発における一連の全工程を担う事となった。
当社は、超電導線材を使った超電導電力機器の実用化と事業化を目的としていたことから、コストを押さえた線材製造プロセスの開発がテーマだった。他社が超電導層成膜に採用していたPLD法(Pulsed Laser Deposition=パルスレーザ堆積法)は、エキシマレーザという強いエネルギー源と高真空状態を作る高価な装置が必要になりコスト的なメリットを望めなかった。そこで当社は材料収率が高く、低コスト製造が期待できるMOD法(Metal Organic Decomposition=有機酸塩塗布熱分解法)を超電導薄膜の成膜プロセスに採用した。
実用化を目指した動きがさらに活発化してきた2016年、当社は中国の天津市でイットリウム系高温超電導線材で使った電導ケーブルを自主開発し、実証実験を開始した。それに先立ち、当社の愛知工場で35 kVケーブルの製造・試験を行ったが、終端の開発では当社独自のSICONEX®の開発技術が貢献した。この実証実験は、線材開発の延長線上にあるケーブルシステムへの挑戦として、開発プロセスのターニングポイントになった。
その後、当社の研究開発はさらに進化していくことになる。また、超電導ケーブルの強みは、何といっても送配電の電力ロスを軽減できることだ。省エネのニーズが各方面で高まる中、超電導ケーブルに寄せられる期待は大きい。
超電導体は、第1種と第2種に分類される。いずれも外部磁場が低い領域では完全反磁性(磁束線を超電導内部に全く通さない性質)を示すが、磁場が臨界磁場を超えた時、第1種では超電導状態ではなくなり、磁束線が内部に入り込んで常電導状態になる。一方、第2種では一定の磁場の値になると徐々に磁束線が内部に入り込み、超電導と常電導の混合状態になり、さらに磁場が増加すると、超電導体内に侵入する磁束線が増加して超電導の占める体積が減少する。第2種超電導体には初めから不純物が入っているので、非超電導部分の不純物に磁束線を通すことができるため、磁場の高い状態においても電流密度特性が高まる。超電導線材は実環境下では磁場が印加された状態で通電される。また超電導ケーブルにおいては大電流を流すことから、自己磁場が発生する。イットリウム系超電導線材は液体窒素温度において高臨界電流密度で大電流を流すことが可能であるが、磁場が高くなるとともに電流密度が低下する。このため、実用超電導材料は高磁場下まで超電導状態が保たれる必要がある。従って、第2種超電導体でなければならない。つまり、超電導を、磁場に強くするためにあえて不純物を混入することで「強い線材」になるわけだ。当社はそこに着目し、適正な材料を適正に入れることで磁場特性(並びに磁場下における電流密度特性)の向上を図り、より高付加価値な線材を開発している。
超電導ケーブルの種類としては、構造が簡単で超高電圧に対応が容易な「単心ケーブル」、単心ケーブルの技術を応用し、熱の侵入が少ない「三心一括ケーブル」、遮蔽の超電導線が不要なためコンパクトでコストも安い「三相同軸ケーブル」の3種がある。単心や三心一括は主に日本の他メーカが開発していたのに対し、三相同軸は海外メーカや国内では当社が初めて手掛けた。特に欧州では配電用ケーブルの低電圧大電流化という動きがあり、当社としては長谷川社長が打ち出した方針のもと、三相同軸の開発を加速させた。
三相同軸の最大のメリットは低コストだが、その理由は超電導ケーブルで最もコストが嵩む超電導線材を少なくできることにある。単心では内部導体から発生した磁場を遮るために外側の遮蔽層も超電導で作るため2倍の超電導線材が必要になる。三心一括も同様に単心を3つ並べることから基本的に変わりはない。それに対し三相同軸は、大電流を送るために必要な超電導撚線の三相(U相、V相、W相)を一つの軸上(同心円状)に配置した細径化構造で、各相の磁場を打ち消しあうため、外側の遮蔽層には超電導材を使わないので、線材本数を格段に減らすことができる。
三相同軸構造のもう一つのメリットは、超電導化に欠かせない液体窒素による冷却がしやすいことだ。ケーブルの中央部を使って液体窒素を往復で流すことができるので、単心構造や三心一括構造で必要な冷却用リターン配管が不要になる。これは、細径であることと合わせ、構造上の表面積が少なくなるので熱侵入量が低減できることにもつながる。当社は、送電時の電力損失の抑制や年間電気料金の削減効果などを検証するため、民間工場内に実系統の三相同軸超電導ケーブルを導入して、世界初の実証試験を行った。この実証実験では、高低差5mという布設場所もあったが、急勾配でも液体窒素の上昇・下降並びに液体窒素の循環を確認することができ、細径化させた三相同軸ケーブルにおいても循環並びに液体窒素の揚程が実証された。本実証結果により、三相同軸ケーブル布設場所の適用性拡大を見込めた。
政府が掲げた「2050年カーボンニュートラル宣言」を受け、脱炭素社会の構築が待ったなしになっている今、化石燃料をなるべく使わず自然エネルギーの有効利用などを含め、「電力をいかに送るか」が重要なテーマになる。超電導ケーブルは、通常の銅ケーブルよりも送配電時のロスを減らし、貴重な電力を送ることに適していることから、当社は「線材・ケーブル・ケーブルシステム」すべてにおいて電線メーカとしての英知を注いでいる。液体窒素を利用しているプラントでは、超電導ケーブルシステムの導入コストとランニングコストが低く抑えられることが実証され、産業分野を中心に普及が進むと考えられるが、それに追随するように身近な暮らしで存在価値が高まっていくだろう。